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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)7906号 判決 1980年5月14日

原告

鈴木貫一

右訴訟代理人

井上恵文

外五名

被告

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右指定代理人

宮北登

外七名

主文

一  被告は原告に対し金一四五七万七六二七円及び右金員に対する昭和五〇年九月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一一民が本件事故当時、航空自衛隊航空救難群(浜松基地)救難教育隊所属の自衛官二等空曹であつたこと、昭和四〇年九月二二日ジェット機が遭難したとの情報に基づき、同救難教育隊長から同隊所属の操縦士有馬愛二二等空尉と共に遭難機の捜索を命ぜられたこと、原告主張の日時場所で遭難機を捜索中であつた有馬二尉操縦の事故機が墜落し、そのため事故機に同乗していた一民が受傷し、昭和四〇年九月二四日に死亡したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで本件事故の原因について検討する。

1  まず本件事故が、事故機に整備上の不備があつた旨の主張についてみるに、本件全証拠によるも事故機に右不備があつたことを窺わせる事実を認めることができず、かえつて、<証拠>によれば、事故機については技術指令書に基き計画整備としての飛行前点検、基本飛行後点検、定時飛行後点検、定期検査、機体定期修理が厳格になされ主要部品を定期的に交換していたこと、事故当日も飛行前点検がなされており、事故後の調査によつても事故機に整備上の不備または機材の欠陥が発見されなかつたことが認められるのであり、事故機の点検整備上に不備があつたものとは認められない。

2  そこで本件捜索用の機種の選定につき被告に右義務違反があつたか否かにつき判断するに、事故機が下方に対する視界が極めて悪く、下方を捜索するためには特に深いパンクを要する構造であつたことは当事者間に争いがなく、その限りにおいて事故機は障害物が多く、起伏のある山岳地帯における捜索に従事する目的の点からすると十分な性能を有していたとは言い難い。しかし、<証拠>によれば、事故当時浜松基地の航空救難隊では救難用装備としては事故機の機種(T―6型)の他に捜索用としてT―34型及びヘリコプターH―19を保有していたが、ヘリコプターは飛行速度が事故機の半分程度であるうえ航続距離が短かく、短時間で捜索目的地に到達して、相当時間継続して捜索する必要のある遭難機の捜索には事故機の方がより適しており、T―34型機は天候が悪い場合の計器飛行に弱点があり、発動機部の力も弱いため捜索にはT―6型機の補助程度に用いられていたこと、T―6型機は型式的には旧型に属していたものの、当時としては浜松基地のみでなく航空自衛隊に配備されていた飛行機中では、陸上の捜索には最も適した飛行機であり、事故前において何ら支障なく本件と同種の捜索に用いられてその任務を果たし、事故後も昭和四四年頃まで捜索用の飛行機として使用されていたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。してみると、事故機が前記のような構造を有するからといつて、それが直ちに本件事故の発生原因をなしたと推断することはできないし、他に事故機の機種の選定が事故の原因をなしたものと認めるに足りる証拠はない。

3  原告は以上二点の事故原因の主張が認められないときの予備的主張として、事故機を操縦していた有馬の操縦上の過失を事故原因として主張し、被告はこれを認めるところ、以上判示したとおり、右二点の事故原因の主張はこれを認めることができないので結局右有馬の過失が事故原因であることについては当事者間に争いがないものというべきであり、過失の内容、墜落するに至つた経過事実についても請求原因(一)(3)(イ)の事実については当事者間に争いがない。

原告は、更に有馬に操縦上の過失が生じた原因として、事故機に塔載していた無線機が故障していたため、有馬は指揮官の適切な指示を仰ぐことができず、その結果前記過失を生じたと主張するところ、事故機と管制塔との間で交信不能の状態になつたことは当事者間に争いがないが、本件全証拠によるも、事故機に塔載していた無線機に故障があつたものと認めるに足りないばかりでなく、<証拠>によれば、事故機は、甲府上空を通過した一四時二八分頃静浜の管制塔と何らの支障もなく交信していること、事故機に塔載していた無線機の通達距離は見通し距離であり、山等の障害物がある場合には交信することができないことが認められるのであり、以上の事実からみると、右交信不能の原因は、事故機が捜索のため山間部を飛行していたため電波が遮断されたためであることが窺われる。従つて、原告の本件無線機が故障していたことを前提とする主張は、その余を判断するまでもなく失当である。

4  そこで、有馬の操縦上の過失が事故の原因であることを前提として被告の責任について検討する。

(一)  国が公務員に対して負つている安全配慮義務は、被告が公務遂行のために設置した施設若しくは器具等を設置管理又は勤務条件等を支配管理することに由来するものであるから、公務遂行中の全ての国家公務員が他の公務従事中の者に対する関係で被告の右義務の履行補助者であるということはできず、そこには自ずと性質上の制約が存在し、右履行補助者とは被告の管理する物的設備もしくは人的設備に対する支配管理の職務に従事している者をいうと解するのが相当である。そして、右支配管理関係の有無を判断するにあたつては、位階上の形式的身分関係ばかりではなく、当該職務の遂行にあたり、職務の内容上機械的にその職務を遂行するだけではなく、ある程度自己の判断に基きその職務を遂行する権限を有し、その職務を遂行する過程で他の公務従事中の者の作業の条件、環境を決定しその生命、健康等を実質上左右しうるほどの影響力を有しているか否かをその職務の危険の程度等を勘案して具体的状況に応じて考慮することにより決定されるべきである。

(二)  これを本件につき考察するに、有馬が公務の遂行として一民の同乗する事故機を操縦していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、一般的に機長は飛行中搭乗者を指揮し、航空業務の実施について責任を有するばかりでなく、本件のような遭難機の捜索については、機長を含めた捜索隊員は、航空幕僚監部作成の救難捜索法に基づき指導を受け更に飛行前のブリーフイング等で捜索の実施方法等についてあらかじめ指示を受けるが、現地における具体的な捜索方法については、地形等具体的状況に応じて判断し実施することが機長にまかされていること、一方一民は機長の指揮の下に事故現場付近上空で機上から地上の捜索を行なつていたこと、が各認められる。

(三) ところで、本件全証拠を検討しても、前記争いのない事実(請求原因(一)(3)(イ)の事実)以上二、機長の有馬が、どのような事情、判断によつて等高線捜索パターン法によらずに、より危険性の高い、低所から高所に向つて飛行する方法を採るに至つたか、直接に墜落の原因となつた操縦上の過誤が何であつたかを具体的に明らかにすることはできないが、弁論の全趣旨によると有馬は各種の飛行訓練課程を終了した経験十分な操縦士であることが認められるから、右事実からすると有馬が、等高線捜索パターン法によらないで低所から高所に向つて飛行することが危険性の高いことを知つていたことは十分推認し得るところでありまた単純な操縦上の過誤が事故の原因であるとも考え難い。以上の点に、捜索目的地が危険性の高い山岳地形である点を考え併せると有馬が捜索目的地に臨んで、その地形天候状態等具体的な状況に基づいてより迅速にかつ適確に捜索の目的を遂げるため敢えて危険性を伴う、低所から高所に向つて尾根と尾根の間を飛行する捜索方法をとつた結果本件事故をひきおこしたものと推認することができる。してみると、本件事故は、有馬が捜索機の機長として、自己の判断に基き一民を指揮し捜索活動をしている最中、一民に対する安全配慮を欠いて危険な飛行方法によつて捜索活動をしたためひきおこされたものであり、有馬は、被告が負担している一民をして安全に捜索するように適切に指導、指揮する義務の履行補助者にあたるところこれを怠つたと解すべきである。

従つて、本件事故は被告の安全配慮義務の履行補助者である有馬の注意義務違反が原因であり、被告は安全配慮義務の不履行として本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

三そこで、原告の被つた損害について以下判断する。

1  逸失利益

(一)  一民は昭和三三年に第一航空教育隊に入隊し、本件事故当時は満三一才で二曹四号の給与を受けていたこと、一民が本件事故により死亡しなければ、満五〇才の定年に至るまで自衛隊に勤務し、所定の基本給と諸手当の支給を受けたはずであることはいずれも当事者間に争いがない。

一方、<証拠>によれば、一民は昭和四〇年度から昭和五八年度まで基本給及び諸手当について少なくとも別表一記載の収入を得たはずであることが認められ、右収入から年五分の割合による中間利息をライプニッツ式係数を用いて控除するとその残額は別表一の合計額どおり二四六四万一八九七円となる。

被告は、右算定にあたり昭和四〇年度の自衛隊俸給表を基準にすべき旨主張するが、死亡したことによる逸失利益は、生存していれば得られた利益を客観的な資料に基き合理的に算定することにより得られるのであるから、弁論終結時において、死亡時以降右時点までの昇給が顕在化しており、生存していたならば、右昇給により収入が増加したであろうことが明らかな場合には、右事情を考慮して逸失利益を算定し得ることは当然である。よつて、被告の右主張は相当でない。

(二)  次に、一民の自衛隊退職後の逸失利益は、賃金センサス中、産業計男子労働者学歴計企業規模計平均給与額を基準として算出するのが合理的と解されるところ、右賃金センサスは前記(一)と同様に本件口頭弁論終結時において明らかな最新の基準つまり昭和五三年度の賃金センサスを基準とすべきであり、一方、近時の平均余命の伸長に鑑み、一民は自衛隊退職後満六七才に至るまで就労可能であると解するのが相当であるから、<証拠>により一民の自衛隊退職後満六七才に至るまでの逸失利益を算出し、右収入から前記(一)同様に中間利息を控除すると、その残額は別表二の合計額どおり一三九五万一九二円となる。

(三)  一方、一民の生活費として右全期間を通じて収入の四割を控除するのを相当と解されるところ、前記(一)及び(二)の収入合計から右割合による生活費を控除すると、その残額は二三一五万五二五三円となり、同額が一民の死亡による得べかりし利益の喪失による損害となる。

2  相続

<証拠>によれば原告が一民の父であり、原告と一民の妻千代以外に一民の相続人はいないことが認められるから、原告は法定相続分に応じ右損害賠償請求権の二分の一を相続により取得したことが認められる。

3  慰藉料

(一)  原告が一民の死亡により精神的苦痛を受けたとしても、原告と被告間では、何ら契約関係はなく、債権債務関係を有していなかつたのであるから、債務不履行を理由とする原告固有の慰藉料請求は失当である。

(二)  一民が本件事故により多大の精神的苦痛を受けたことは容易に推認できるところ、本件事故の態様等諸般の事情を考慮すると、一民の苦痛を慰藉するには四〇〇万円が相当であり、前記2のとおり原告は法定相続分に応じ右慰藉料請求の二分の一を相続により取得した。

4  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟の遂行を原告訴訟代理人らに委任したことが認められる。ところで、前記のように原告は直接契約当事者ではなく、本件弁護士費用は、原告の負担において支出すべき費用であるが、原告の相続した被告の義務違反に基づく損害賠償請求権実現のために要した費用であり、原告を含めた被害者側の支出として、これを本件損害の中に含ませるのが相当である。

そして本件弁護士費用は、本件事案の難易度等諸般の事情に照らし、右費用としては一〇〇万円が相当である。

5  損害の填補

原告もしくは一民の妻が被告から遺族補償一時金として一二二万九〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがないが、遺族補償金の受給権者は第一順位に死亡した国家公務員の配偶者と定められているから、本件遺族補償金は、一民の妻の取得した損害賠償債権額から控除すべきであり、原告の取得した損害賠償債権額から控除することはできないといわなければならない。よつてこの点の被告の主張は失当である。

四遅延損害金

右損害賠償請求権は債務不履行に基づくものであるから、履行の催告によつて初めて遅滞に陥ると解すべきであり、特段の主張立証のない本件においては、遅延損害金債務は本件訴状送達の日の翌日である昭和五〇年九月三〇日から発生するものというべきである。<以下、省略>

(川上正俊 満田忠彦 清水研一)

事故現場付近及び推定飛行経路図、別表一、二<省略>

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